○福島第一原子力発電所
・コンクリートポンプ車(62m 級)により使用済燃料プールへ淡水放水(5 月14日15:07~15:18 強風の影響により中止) ・6号機のタービン建屋地下の溜まり水を仮設タンクへ移送開始(5 月15 日10:00) ・放射性物質の飛散を防ぐ飛散防止剤を固体廃棄物貯蔵庫周辺、南護岸及び展 望台の約5,250 ㎡の範囲に作業員が本格的に散布(5 月14 日10:30~14:00) ・放射性物質の飛散を防ぐ飛散防止剤を無人クローラーダンプにより、2号機 タービン建屋東側の約7,000 ㎡の範囲に本格的に散布(5 月14 日11:00~15:00) ・リモートコントロール重機により、がれき(コンテナ7個分)を撤去(5 月14 日9:00~16:00) ・メガフロートが横浜港を出航(5 月15 日5:20) ・5 月14日、協力企業作業員1名・・・・午前9 時33 分に死亡が確認された。 1号機で起きた「メルトダウン(炉心溶融)」は津波から4時間で始まる。 11日午後7時30分頃には、原子炉水位が約10メートル低下し、全燃料が水面から露出。 同7時50分頃には燃料体の中心上部の約6割が崩落した。 炉心温度の急上昇は11日午後6時過ぎから始まり、約300度だったのが、11日午後9時には2800度に達した。 原子炉底部に高温で穴が開く。 3月12日午前6時50分には、核燃料の大半が原子炉圧力容器底部に崩落した状態になった。 消防ポンプで真水を注入し始めた12日午前5時50分ごろには、圧力容器下部が損傷。 格納容器への水漏れが起きたが、小規模にとどまった。 真水の注入は午後2時50分ごろ止まり、直前の同2時半ごろに格納容器の圧力逃がし弁を開く「ベント」ができた。同3時36分に水素爆発。 約9時間の真水注入後、東電は12日午後8時に廃炉になる海水注入に踏み切った。 注水がもっと遅かった場合、圧力容器の底が壊れ、高温の溶融燃料が格納容器まで落ちた可能性がある。。水蒸気爆発で大量の放射性物質が外部に放出される深刻な事態であった。 水蒸気爆発でなく水蒸気爆発で止まったから良かったではない。 東電は、ベントの指示と開始時間が不明だが、開かなかったと弁明している。 ベントが水素爆発の引き金に繋がる。 3号機のベントでなぜ4号機へ水素が流れ4号機の水素爆発になる。 不明良な推測で、3-4号機は建屋など配管や換気が通じているのだろうか? 4号機燃料棒プールからの水素発生で水素爆発したのではないのか? 1号機からメルトダウンで再臨界防止にホウ酸注入する。2-3号機も同じ措置。 3号機の圧力容器は、上端部の温度が急上昇している。 東電は「注水用配管から水が漏れている可能性がある」 12日からは別の配管を追加し、二つの配管で毎時計12トンを注水した。 14日からは注水量を毎時計15トンに増やした。 15日午前5時までの24時間で46・5度上昇し、297度になった。 東電は、「注水がまだうまくいっていない」 地震で損傷から、メルトダウンで穴に、水素爆発で亀裂や損傷した配管など、彼方此方が穴だらけだ。 高濃度汚染水が流れ出るが場所も特定できない。 2ヶ月間の作業は何をしていたかの結果だ。 1-3号機までが最悪の同じ状態だ。 もぐら叩き状態だ。 司令塔が何を如何するかが見えない。 現場で現状を把握していない。 推測が大外れ、現実に直面する。予測などはすれる物だ。 2ヶ月も外していた。 それとも情報の隠蔽で隠していた。疑わしい事が有る。
by IDtaka3
| 2011-05-16 03:12
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